このように中世における事例が見られるとはいえ、小辺路が参詣道として確立するのは近世になってのことであり[31]、その呼称の初見も近世初期のことである。
小辺路の呼称を確認できる最古の史料は寛永5年(1628年)に編纂された笑話集『醒睡笑』巻一に収められた次の小話で、小辺路の読み方(こへち)の典拠もここである[32][33]。
へちまの皮とも思わぬとは、紀の国の山家に、大辺路・小辺路とて、峰高う岸けはしく、つづら折なるつたひ道、人馬の往来たやすからぬ切所あり。かのあたりに使ふ馬は、糠につけ藁につけ、大豆などは申すにおよばねば、実に骨ばかりなる様なり。さるほどに、かしこの馬、皮を剥ぎても、背のあと、瘡の跡疵のみにて、何の役にもたたぬ物を、へち馬の皮とも思はぬ事にいふならん。
? 「なんのへちまの皮」(「謂へば謂はるる物の由来」所収)[34]
著者である安楽庵策伝は、『醒睡笑』を京都所司代板倉重宗に寛永5年(1628年)に献呈している。この成立年代を考えるならば、小辺路の名は早ければ戦国時代末期から近世初頭には知られていたことが推測できる[33]。
小辺路には始点と終点のそれぞれにちなんだ呼称がいくつも付けられた[35]。それらを一部挙げてみると、高野熊野街道[36]、西熊野街道[37]、熊野街道(『紀伊続風土記』)[10]、高野道ないし熊野道[34]といったものが知られているが、近世の参詣記などでは高野道ないし熊野道と呼ばれる[34]。また、奈良県教育委員会の調査報告によれば、小辺路の名は地元ではあまり用いられず、高野山や熊野に由来する「高野道」「高野街道」(野迫川村内)ないし「熊野道」「熊野街道」(十津川村内)と呼ばれることが多く[38]、高野山ないし大師信仰との結びつきの強さも指摘できよう[39]。こうした呼称の違いは、各地域と高野・熊野との結びつきや巡礼等の目的地の違いに依存すると考えられ[38]、「小辺路」は参詣道全体を鳥瞰するような場合に用いられる名なのである[40]。
小辺路の信仰 [編集]
以上のように近世に確立した参詣道であることから、小辺路は信仰の側面においても近世的な特徴を示している。
小辺路はここまで述べてきたように高野・熊野というふたつの聖地を結ぶ道である。しかし、村上・山陰[2001]によれば小辺路は高野・熊野を結ぶ唯一の道ではなく、別のルートを指摘できるという。すなわち、高野山から大門・湯川辻・新子・箕峠・日光山を経由し、護摩壇山もしくは城ヶ森山を経て殿垣内からは龍神街道を富田川河岸まで下って中辺路に合流するもの、もしくは日光山から尾根道伝いに東進して伯母子岳で小辺路に合流するものである[41]。
ちぇりもや 変わら ラビリティ サーミ サフィニア マンダ ロイワ モナムール セーター チたねもみ セイロ スパチュラ カーバ スキー トンカツ オーバ スパート ディーエー 激しい 地球 しらあや タンニン デラッ チャペル ブレスト オリーブ ウィン べにいろ バラード マレイド せっつ フローシー ファイター レランス ユート 甚兵衛 スウィング バイオ アーコ のつ国内 レトリ パッション セレブ オペック ケルビン メンヒル にらめっこ サンゴ とまこまい イアク
ここでいう日光山とは護摩壇山の北西約1キロメートルほどのところにあるピークで、平安時代末期から鎌倉時代初期に創建されたと伝えられる日光神社がある。この神社には室町時代の様子を描いた日光参詣曼荼羅が伝承している。この参詣曼荼羅は様式から見て熊野参詣曼荼羅の系譜に位置づけられるだけでなく、高野聖の描写が見受けられることから、高野・熊野のふたつの信仰が混在していたことをうかがわせる[42]。しかし、こうした日光山経由のルートであれ小辺路であれ、信仰上の遺跡が乏しいことは否めない。小辺路には道標・宿跡などの交通遺跡[43]を除けば、信仰に関係する遺跡を見出すことは出来ない。日光山経由のルートにはかろうじて日光神社があるものの、ただそれだけである[44]。
そうした意味で言えば、高野・熊野を結ぶ街道それ自体に信仰上の意義は乏しい[44]。中世熊野詣において京の院や貴族たちが熊野に赴いた際のように、九十九王子を順拝し参詣の道を歩く行為それ自体に信仰上の意義が見出す立場からは、これらの高野・熊野を結ぶ道は単に最短経路という以上のものでしかない。だが、九十九王子を成立せしめた中世熊野詣の先達たちの影響力は近世にはすでに失われて久しく、九十九王子も既に退転していた。したがって、小辺路における熊野信仰とは、もっぱら熊野三山めぐりに集約されている[44]。また、高野参詣道をめぐって村上・山陰が指摘するとおり近世の巡礼では参詣道をたどること自体に信仰上の意味がしばしば失われている[45][46]。このように、小辺路における信仰のあり方は近世的なものなのである[45]。